大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)79号 判決 1960年2月27日

控訴人 被告 平小瀬義継

訴訟代理人 大野幸一 外一名

被控訴人 原告 巴建設株式会社

訴訟代理人 岩垣利助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用及び書証の認否は、次のように附加する外、原判決の事実摘示と同様であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

一、控訴人は被控訴会社の代理人である訴外新家基平に対し、控訴人名義の頼母子講債権(金二万四千円)、ゴム輪二輪車一台、直径六分位鉛管六貫匁及び金側腕時計一個を合計金五万二千円と見積つて提供し、これにより本件手形金を全部決済した。

二、約束手形はいわゆる完全有価証券であつて、権利の行使と証券の所持とは不可分一体の関係をなすものである。すなわち、その権利の行使には、除権判決を得た場合を除いて、必ず証券の所持を必要とするものである。本件におけるように、被控訴人が既に手形の所持を失つたような場合には、その手形上の権利を行使し得ないことは当然であつて、原判決が被控訴人において手形を所持せざることを認めつつ手形金の請求を是認したのは、甚しき違法である。

三、又、被控訴人は予備的請求として利得償還の請求をなすが、元来利得償還請求権なるものは、時効完成当時手形を所持している者が取得する権利であつて、本件における被控訴人のように、時効完成前すでに手形の所持を失つていた者は、これを取得する余地がないのである。

(被控訴代理人の主張)

一、被控訴人の代理人である訴外新家基平は、昭和三十年六月頃控訴人の息でその代理人である平小瀬二三夫から、控訴人と色々相談したいことがあるから手形を貸しておいて呉れといわれ、本件手形を一時同人に預けたものである。従つて、被控訴人は現在同人等を介して本件手形を所持しているものであつて、手形所持人たる資格を失つてはいないのである。

二、控訴人は、本件手形金の請求には除権判決を必要とするものの如く主張するが、除権判決を求める前提たる公示催告の申立には、当該証券が盗難遺失等により権利者の意思にもとずかずして占有を離れ、現在証券の所在が不明であることを要するのであつて、本件のように手形の所在が分明しているものについては、公示催告の申立もなし得ないのである。

(双方代理人の立証)

被控訴代理人は証人新家基平及び被控訴会社代表者住奥与三夫の尋問を求め、控訴代理人は証人新家基平及び同平小瀬二三夫の尋問を求めた。

理由

控訴人が被控訴人に対し、工事請負代金の支払に充てるため被控訴人主張のような約束手形一通を振出したこと、及び、その後控訴人と被控訴人との間に右手形金額を金二十五万円に減額する旨の合意が成立したことは、当事者間に争のないところである。

ところで、控訴人の主張によると、控訴人は昭和二十九年十二月頃被控訴会社の代理人である訴外新家基平に対し、時計その他価格合計金五万二千円相当の物品類を交付して手形金全額の決済をしたというのであるから、以下この点について検討する。

被控訴会社の代理人である訴外新家基平が、控訴人の息でありその代理人である訴外平小瀬二三夫から、本件手形金の支払にあてるため時計その他の物品類を受取つたことは、当事者間に争のないところであるが、右物品類の受領により手形金全額が決済せられ手形債務が消減したことについては、控訴人の主張に副う原審並に当審証人平小瀬二三夫、当審証人新家基平の証言はにわかに措信し難く、他に右事実を肯認するに足る証拠はない。却つて、成立に争のない甲第一号証(本件訴訟提起前に訴外新家基平が作成した証明書)の記載及び原審証人新家基平の証言並に原審及び当審における被控訴会社代表者住奥与三夫の供述を総合すれば、訴外新家基平が本件手形金の支払に関し前掲物品類の提供を受けた事情として次のような事実が認められる。即ち、同訴外人は昭和二十九年十一月頃被控訴会社より本件約束手形金の取立の委任を受け、昭和三十年六月二十一日頃控訴人方に交渉に赴いた際、控訴人の息でありその代理人である訴外平小瀬二三夫と談合した結果、今現金はないが不用の物品があるから代りに持つて行つて欲しいといわれ、荷車、鉛管、腕時計その他の物品を合計五万二千円と評価し、これを本件手形金に対する金五万円の内入弁済として交付を受けた。そしてその際、訴外新家基平は平小瀬二三夫から、手形金の残額について支払方法を講ずる必要があるから手形を暫時預けておいて貰いたいと頼まれ、これを承諾して同人から預り証を徴して本件約束手形を同人に預託して帰つたのである。以上のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない(当審証人新家基平は、原審における証言及び甲第一号証の記載と一部異なる供述をしているけれども、右供述部分は前示各証拠と比照してたやすく措信し難い)。従つて右事実から考えると、訴外新家基平は平小瀬二三夫から時計その他の物品類を受取ることにより手形金残額を免除したものでもなく(免除の権限の有無を判断する必要がない)、又、手形金全額の決済があつたものとして平小瀬二三夫に対し右手形を交付したものでもないことを、窺知するに充分である。

よつて次に、被控訴人の手形金残額の支払請求の当否について考察する。

一般に手形は、呈示証券及び受戻証券(引換証券)たる性質を有するから、約束手形により手形金の請求をなすためには、手形債務者に対して現実に手形を呈示し且つ支払と引換に手形を債務者に交付する必要あることは云うまでもない。従つて、手形債務者に対し手形を呈示交付することのできぬ状態にある者は、手形債務者から手形金の支払を受け得ないことは明白である。然しながら、右はあくまで通常の事態における権利の行使方法であつて、極く稀な例外として、手形を呈示交付することなく、従つて又手形と引換に非ずして手形金の支払を請求し得る場合がないでない。本件の場合のように、手形債務者の要求により一時同人に預託する趣旨で手形の占有を移転しある場合には、改めて債務者に手形を呈示交付することなく(手形が手許にない故右のことは不可能である)、従つて又手形と引換に非ずして手形金の支払を求め得ること当然と云わねばならない。すなわち、本件において、被控訴会社が前記認定のような経緯のもとに手形を控訴人に預託してあるため、手形を呈示交付することなく手形金の支払を請求したとしても、控訴人において被控訴人の手形所持人たることを争い、その支払を拒絶し得ないと解すべきである。

右の次第で、被控訴人が控訴人に対し、本件約束手形金の残額として金二十万円及びこれに対する該金員の請求の日の後である(このことは被控訴会社代表者住奥与三夫の供述によつて明かである)昭和三十年一月一日以降年六分の遅延損害金の支払を求めることは正当であり、これを容認した原判決はもとより相当で、本件控訴は理由がない。よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 浜田従六 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田誠吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例